2012-06-27 23:57 | カテゴリ:思想

100分de名著のパスカルも4回目で今回が最後でした。

まず最初にいうと

4回目の放送が一番つまらなかった

です。

たぶん序盤に全力疾走したために、後半息切れしたんでしょうね。


今までの100分で名著の感想記事についてはこちらをごらんください。

100分で名著のパスカルのパンセを考える!1

100分で名著のパスカルのパンセを考える2

100分de名著のパスカルのパンセを考える3


で、さっさと本題に入りますけど、考える葦とはなにかといえば

負けを認めない人間の心

みたいな感じなんだと思いました。

人間どんなにつらい状況にあったり、不憫な状況にあったとしても

考え方次第では、だれよりも誇り高く生きれる


それが人間は考える葦であるっていう意味だと自分は思いました。


まぁ考え方次第では、ちょっと馬鹿にもしているんでしょうね。

下等な生物でも、考え方で自分が尊きものだと主張するってことも

考えることができますからねぇ。


前回みたいにニートと社会人を例にして考えると

社会人からしたら

「働いているだけ、ニートよりはマシ」

って思想があると思います。


でも、ニートからしたら

「余裕のある時間を送っているから社畜よりはマシ」

っていう思想を持っている人もいるでしょう。

いわゆる、「働いたら負け」の思想ですね。


つまり人間考えようによっては自分を誇り高くすることができるわけです。

それが人間だといっているのでしょうね。

いやあくまで自分の感じ方なんですけど。


でも、そういうのを聞くとたしかにそのとおりだと思いますけど

人間ってちっぽけな存在だなって思いました。

結局人からどう見られるか・・・

そして人からどう見られようとも、自分は自分なりに

自分を誇り高い存在だと考えるというか、理由をつけるというわけです。

それが人間の尊厳っていえば、今回の放送とあっているかな。


逆に考えればそれは

自分自身を誇り高く考えるのと同時に

他人をちっぽけな存在のように考える


ということでもあるでしょう。

実際そのとおりだと思います。


だから、人付き合いってすごいめんどくさいなって思います。

そして、そういう場に入るのがすごくいやだというか・・・。

まぁいってしまえば

パチンコをやっている人が競馬で散財している人をけなすというかな。

その逆でもいいでしょう

競馬で散財している人がパチンコで散財している人を笑うというかな。

そういうのって多いですよね。


「あの人よりはマシ」とか

「自分はああいう人みたいにはならない」とか・・・


で、人によってはそういう人たちをみて

「どちらも同じようなものじゃん」

という人もいるでしょうが

そういうことをいう人だって、そのパチンコや競馬をやっている人と

なにも変わらないはずなのに、それをわかっていないというかな。


まぁ人間ってそんなものです。

考えようによってはみんな同じ。

でも、その本人からしたら自分は優れている存在だと思ったり

他の人よりはマシみたいに考えたりするわけです。

それはどんなに悪い状況になっても、変わらないってことが

まぁ人間は考える葦っていうことなんでしょうね。




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誇り高く生きるしかないんでしょうね。

自分以外の人は負け組みとして考える人がほとんどというかな・・・。

人間というのは自分のことは、どうにかして誇り高く考えるというか

考えることによって、自分自身を誇り高い理由を見つけ出せる

それが人間というかな。


まぁそう考えたら他人と争ったりするのが馬鹿らしいですよね。

どんなにいろいろ相手の弱いところをついたとしても

相手からしたら、自分が相手より優れているところをみつけて

自分のほうが相手より勝っていると思うというかな。

まぁ考えてもわからないですよねぇ。答えはないものですから。


これでパスカルのパンセは終わったわけですけど

うーん、序盤はおもしろかったのに

後半はぐだぐだしてきたかな。


少なくとも自分的には

人間は考える葦である

という言葉はいい言葉ではないと思います。

パスカルが人間を皮肉った言葉だと

今回の100分の名著をみていてそう思いました。


というか、歴史に名を残した人物がみんな立派な人間なはずもないというか

むしろ歴史に名を残した人物って皮肉っぽいことを

いろいろと発言しているほうが普通だと思いますよ。

だって、自分と同じ人間ですし

この記事を読んでいる人だって、格好いいことより

皮肉めいたことを発言するでしょ?・・・ねぇ。