2012-06-20 23:44 | カテゴリ:思想

100分で名著のパスカルのパンセの3回目が放送されました。

今回は

生きるのがつらいのはなぜか?

ということでしたけど、実際のところは

別に生きるのがつらいのはなぜかとかの内容はほとんどなくて

悩んだとしても、すぐに立ち直れるというか

結局は悩むことはよくても、なにもしないことがつらいってことで

簡単に例をだしていっちゃえば

働くよりニートのほうがつらい

って感じのことでした。

まぁニートはニートなりに忙しいでしょうから

ちょっと違うといえば違うんでしょうけどねぇ。


でも、働いている人はいまからニートになれるか?

っていったら、なれないでしょ。

忙しく働いて「休みがほしいなぁ」とか言っている人でも

他の人から「じゃあ、仕事をやめてニートになれば?」といっても

多くの人は仕事をやめることなんてしませんよね。


結局仕事をしている人は、無趣味というか

仕事をしなくなったら

自分にはなにもすることがないとうすうすわかっている

のでしょう。

いや、そういうのさえもわかっていないからこそ

働くというか、ニートになれないといえばいいかな。


で、なんで人は仕事をしたりして

ニートとかにはなかなかならないのかというと

死というものを見つめたくないから

みたいな感じでした。


まぁ用は、仕事をしていれば

そういうことをしている間は死ぬことは考えなくてすみますし

ニートをしているほうが、死ぬことを考えてしまうっていえばいいかな。

ニートの人だって、死について考えることがあるでしょうけど

それを考えなくするために、いろいろと遊んだりするわけで

人間は結局

死について考えないように生きる選択肢をする

って感じっていえばいいかな。

そんな感じのことでした。


で、その後はそういうことを考えることのほうが

人間の尊厳とかいろいろ語られていたんですけど

それは思考を1週してむしろ幸せみたいな感じなのかな。

でも、それはずっと考え続けることになり

止まることはないってことでした。


うーん、今回のはちょっと無理があるというか・・・。

どっちやねん!?

考えるほうがいいのか。考えないほうがいいのか

よくわかりませんでした。

こりゃだめだわ。パスカル終わった。




それはない




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今回の放送はちょっとすっきりしないというか

だって考えることは悪というか、不安になることだっていっていたのに

そこから、考えて考え続けることは尊厳であるとかいって

おい!そりゃないだろ!

考えないのがいいけど、考え続けるのもいい

とかどっちなの?

パスカルって名前だせば、なんでも許されると思ってんじゃねーぞ!


でも、一度考え始めたら終わりはないっていうのは

なんとなくわかるかなぁ・・・

一度考え始めたら、考えなくなることは不可能だと思います。

だからこそ、一度死というものを深く考えてしまうと

そこからいくらそういったことを忘れようとしても

人間そういうものに強くひきつけられるというか

そういうテーマのものに惹かれるということなのでしょう。


つまり、人生深く考えたこともない人は

パスカルのパンセって言葉を聞いても

「小難しいことわかんねーぜ。おらおら」

って感じでしょ?


やっぱりそういう

考える段階にまだ入っていない人は幸せ

だと思います。

そしてそういう人をみかけても

考えることの楽しさみたいなものを押し付けるのは野暮

だと思うんですよ。


つまり、この記事は考えることとかパンセとかに興味がない人からしたら

「つまんねーこと、書いてやがんなぁ。おい」

って感じだと思います。


そう聞いて、自分が

「パンセっておもしろいんだって!一度じっくりみてみろよ」

とか言ったりするのは野暮なんでしょうね。

まだ考える段階に入っていない人は考える必要はない。

でも一度考える段階に入った人は、こういったパンセみたいなものが

おもしろく感じたりするといえばいいかな。


もちろん、どちらが幸せかなんてわかりませんよ。

そして一見深く考える人のほうが、人生深く生きているように感じますが

別にそういうものも決めることはできないでしょう。


でも、一度考えてしまった人は

もうそこからは、考えつづけなくてはいけないという宿命を負うというか

だからこそ、まだ考えていない人の中には

考えていないからこそ輝いているような人もいるのではないでしょうか。