2012-08-01 23:56 | カテゴリ:思想

100分de名著のフランクル「夜と霧」なんですけど

なんかおもしろそうなんだけど

暗いような話で読む気がしないといったらあれですけど

自分はあれですよ。

アンネの日記だっけかな。

あれもあまり好きではない部類のジャンルなんですよねぇ。

いや、シンドラーのリストは好きですけどね。

でも、今の自分がシンドラーのリストをみたら

あまり評価できないかもしれないなぁ。


このフランクル「夜と霧」って

カイジのチンチロリン

みたいな感じの話なんですよ。

いや、若い人に話すのならそんな感じのたとえになります。

年配層の人なら、カイジのチンチロリンっていっても

「なに?それ?」

っていう感じだと思うので、説明が難しいんですけど。


人間苦痛な状況にいると、感情みたいなものを失うんですけど

苦痛な状況でも、ジョークというかな

そういう感情というか笑いみたいなものがある人が

生き抜くことができたとか・・・

まぁそんな生きるヒントみたいな感じの話でした。

いや、たしか五木寛之の生きるヒントの「悲しむ」っていうのに

これについてのことがかいてあった気がします。

どん底を経験した人のほうが、明るいというか

どん底をみた人ほど、希望をもつって感じのことですね。


自分が一番感動したのは

そういう監獄みたいなところは

ひどいところなんですよ。

世の中にはそういう

ひどい人がたくさんいるわけ

です。

で、まぁそれで終わるのが普通なんですけど

このフランクルの話ではそれで終わらないで

ひどい人がいる一方で、どんな状況になっても手を差し伸べてくれる人がいる

みたいなことをいっていたんです。

ミラクルですよね。そこが感動しました。


思うんですけどさぁ、ひどいことをされたら

人間心がゆがみますから、その人もひどい性格になりがちなはずなんですよ。

それなのに、そういうところでは

いわゆる看守みたいな人はひどいことをたくさんしてくるのに

その監獄仲間みたいなものは、手を差し伸べてくれるっていえばいいのかな。

その人間のギャップに驚くというかな。


でも、これってそのひどいことをしている看守だって

家族がいたりするんでしょ?たぶん

そしてそういう家族からしたら、自分の夫というか父が

ひどい人だと思っている人はいないでしょう。

看守という仕事をこなしている、立派な人だと思っているでしょう。


すごくね!?

そういうところはすごいと思います。


この世の中でもすごいと思いますよ。

大津のいじめでしたっけ?あまり詳しくないんですけど

そういうのでいじめとかしていたり、隠蔽みたいな感じのことをしている人は

一般的にみれば「悪」でしょう。

でも、そういう人と絡んだりしていた人は少なからずいたわけで

いじめをしていたという現実がわかったから、その人を悪と今では判断する人が多いでしょうけど

もしこれが問題にならなかったのなら

うまく人生を生きて、ある程度人望も得ていた

と思います。

それが人生なんですよ。


なんかよくわかりませんけど

人生って生きていると

「なんでそんなひどいことできるの?」

みたいな人はいるじゃないですか。しかも結構多く。

大人になればなるほど、変な人が多いというか

簡単にいえば、物分りの悪い上司みたいな人というか

頭が固い人とかいるわけですよね。


でも、自分がそういう風に、その人のことを

「あたまの固い上司」みたいなことをいっていて

「なんで、あんな変な人が存在しているんだろう」

とか思ったとしても、その人は結婚とかしていたりして

その人を好きになった人とかいるわけですよ。


すげーな、おい


ずいぶん話がそれましたけど、このユダヤの人たちにひどいことをした

看守みたいな人がいたわけですけど

そういう人に好意を持つ人だっているわけですよ。


実際、金持ちなんて性格が悪そうな描写でよくかかれますけど

お金があると、人がよってくるのはたしかなわけでしょ。

だから、自分が

「うわー、こいつ信じられないような性格しているなぁ」

と思っても、そういう人と結婚したりする人がいるわけですよ。

簡単にいえば

不良がモテる

みたいな感じですよ。


自分は、ちょっとそういうところを結構気にするタイプで

そういう

性格がひどい人に好意を持つような人とは

その人がどんなに性格がよくても、付き合えない


と思っています。


ようは、この看守がひどいことをしていて

その人に妻とかいたりします。

で、その妻がどんなに性格がよかったとしても

そのひどい性格の看守と結婚とかしている時点で

ありえない

って思うというか、距離を置きたくなるわけです。

だからどうしたっていわれても、なんともいえないんですけど

なんていうかな・・・

自分はやっぱり少し変なんでしょうね。


話をもどして、100分de名著のフランクル「夜と霧」なんですけど

うーん、今回の放送はあまりおもしろくなかったかなぁ。

でも、後半のどんなにひどい人がいたとしても

手を差し伸べてくれる優しい人もいるっていうシーンは

ちょっと感動しましたね。


自分の性格はかなり末期というか、暗いところにありますけど

人との交流というものは魅力にあふれている

と思います。

そりゃ、監獄仲間という、同じ境遇にいるから優しくしてくれたんでしょうけど

そういう場所にだって、優しい人はいるわけですよ。

だから、「誰も自分のことをわかってくれない」とか嘆く必要はないのではないでしょうか。

いや、わかってくれないでしょうけど

びっくりするほど優しい人がこの世に存在しているのなら

この世には、まだまだ価値はあると思いますけどねぇ。

でも、そんな人今の時代にいるのかな?




二人握手




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なんていうか、自分はどんなにがんばっても

こういったユダヤの人のつらさはわからないと思いますし

例の地震の被災者になった人のつらさもわからないと思います。


でも、それは他の人が

自分(ももんじ)のつらさをわからない

ということでもあると思います。


たしかにすごく過酷なつらい状況にあるようなことを聞かされると

すごく大変そうにおもいます。

でも、どんなに大変そうに思っても

人間だれにでも悩みはありますし

その悩みって、優劣はつけれないと思うんですけどねぇ。

いや、結構優劣をつけたりしちゃったりするんですけど。


でも、なんとなく思うのは

被災者の人だって、募金とかしてくれてありがたいとは思っているでしょうけど

私のために募金してください!

みたいな感じではなかったと思うんですよ。

あくまで募金を募集していたのは、被災者ではないどこかの団体でしょ?


人間どんなにつらい状況でも、ほこり高く生きるというかな

だからこそ輝いているというか、そういうところはあると思いますね。